2008年08月28日

とうかい号アラカルト2

 容量不足で途中になった、とうかい号アラカルトの続きです。

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〈離れゆく香港の夜景〉

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 香港の夜景に負けないほど美しかったのが上の研修風景です。
ブラザータイスケ先生のゴスペルを通じた、思いやりの心と感謝の心の研修の最後に、サプライズとして、家族など、乗船者の大切な人からの手紙が手渡され、それぞれがペンライトで照らしながら読んだのです。

 あちこちからすすり泣きの声が聞こえ、肩を震わせる様子が見て取れました。

 本人に分からないよう、大切な人からの手紙を集めるのは、さぞかし大変だったことと思いますが、乗船者の皆さんの一生の宝物になる、素晴らしい試みだったと思います。

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〈フェスティバル〉

 航海も大詰めの8日目には、各チームが今回の研修船のテーマである「心」を題材にしたパフォーマンスで競う、フェスティバルがありました。
それぞれ、知恵を出し合った創意工夫があって、楽しませてもらいました。

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〈団長主催さよならパーティー〉

 最後の夜のさよならパーティーでは、航海での様々な場面の私の写真を集めたパネルをいただきました。航海中に作ってしまうとは、すごいものです。
 このパネルは、仕事部屋の見やすい場所に飾ってあり、今も時々見ては、乗船中の熱い心を思い出しています。

 ちなみに、乗船中から始めた、肉食断ちは、今も続行中です。
本当に意外ですが、体力低下は全くありません。

 先日も、柔道をやっている高校生の息子と腕相撲をやって圧勝しましたし、スクワットだって100回できます。

 肉を見てもまったく食べたいと思いませんし、この調子なら、無理なく続けられそうです。

 とうかい号は、講演のあり方、心の持ち方、食のあり方、交友関係、人生の今後のビジョンなど、様々な面で、私に素晴らしい変化をもたらしてくれました。
とうかい号に関わったすべての人たちに感謝します。

 ありがとうございました。
ラベル:とうかい号
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2008年08月26日

とうかい号アラカルト

 24日(日)、とうかい号乗船者の集いがありました。
例年だと、半数程度しか参加されないそうですが、見た感じ、8割位は集まった感じで、皆さんが、今回の航海で、いかに友情を深めたかがうかがえました。

 できれば、その結束力を、仲間内だけではなく、社会に役立つような方向で発揮できるといいなと感じました。

 この機会に、研修以外のとうかい号の話を、徒然なるままに書いてみます。

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〈船尾から〉

 外洋に出ると、さすがに海がきれいでした。
透き通るような青。
船尾からずっと海を見ていると、吸い込まれそうな感じです。

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〈トビウオ〉

 トビウオは良く飛んでいました。船に驚いて飛ぶようです。
時には10秒以上、20〜30mも滑空します。
目では見えるのですが、写真に撮るのは難しい!
何とかフレームに納めましたが、魚自体はぶれてしまいました。

 このほか、一度だけ、イルカの群れも見ました。群れがジャンプする様子に、「イルカ!イルカ!イルカ!」と大人げもなくはしゃいでしまいました。

 時にはクジラも見られるそうです。

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〈船上運動会〉

 船のデッキで運動会もありました。みんな、チームのために全力で戦っていて、なかなか見応えがありました。

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〈香港・ビクトリアピーク〉

 寄港地、香港では、小グループに分かれて、香港の日本語学校に通う現地の人たちと一緒に、市内を巡りました。
あいにく雨の予報で、出発時には、パラパラと小雨が降り始めていましたが、同じグループで回っていただいた、広瀬本部長が、「大丈夫、私は晴れ男ですから。」と、自信たっぷりに、晴れ宣言。
その通り、下からは雲に隠れて山頂が見えなかったビクトリアピークに登ると、雲がサァーと切れて、街の景色が見えました。

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〈香港ディズニーランド〉

 何カ所かのチェックポイントを回ることになっていて、その一つが香港ディズニーランドでした。そこでは、もう青空がのぞいています。すごい!広瀬本部長。
ちなみに、一番左の後ろ姿の方です。
(顔が見える写真は集合写真で、それだと香港の方も含めて全員の掲載許可をもらう必要があると思うのでやめておきます。)

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〈船上ナイトパーティー越しの香港〉

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〈香港の夜景〉

 香港の夜景は、さすが100万ドルと言われるだけのことはあり、言葉を失うほどの美しさでした。

 あと少しなのですが、容量がなくなったみたいで、追加依頼をしないといけないので、とりあえず、ここまで。
ラベル:とうかい号
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2008年08月23日

とうかい号 私の研修2

 お盆期間中に、たまっていた、書きかけのブログの文章をまとめてUPしようと思っていたのですが、メインのパソコンの起動ディスクがクラッシュするという事故に遭い、その復旧作業に追われ、大幅に遅れております。

 とりあえず、すでに2か月以上前の事ではありますが、とうかい号での研修の続報です。

 とうかい号での私の研修の2回目は、おそらく日本初の試みだったと思います。

 標準的な世帯のCO2排出量を基準にして、自分と家族のライフスタイルを変える事で、CO2を1990年のマイナス6%にできるか、挑戦してもらったのです。

 しかも、自分たちの生活がどれだけ環境に負担をかけているか実感してもらうため、削減要素だけでなく、増加要素も計算してもらいました。

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 正確に計算するには、1990年と、現在の各家庭の、電気、ガス、ガソリン、灯油、水道の使用料や、ゴミの量をもとにする必要があります。

 しかし、とうかい号の乗船者430名全員にそれを求めるのは無理です。そこで標準家庭のライフスタイルとの差で計算する方法を考えたのです。

 まずは、標準的な家庭が出すCO2の量を算出しました。
数字や参考資料がそろっていた、2005年度の排出量のデータを元に、家庭部門と、運輸部門の自家用車、一般廃棄物、水道の数字をあわせて、世帯数で割ると、約5500kgとなりました。
1990年の排出量から、マイナス6%を達成するには、1046kg、つまり、約1t削減しなければならないことがわかりました。
この-1046kgを削減目標として設定しました。

 各項目の削減数値を、どう設定するか、大変頭を悩ませました。正確さと、計算しやすさという、相反する命題があるからです。また、世帯あたりの数字のため、自分以外の家族の行動を、数字にどう反映させるかも考える必要がありました。

 例えば、「レジ袋を断る」という行動は、家族全員なら-50kgになるのですが、5人家族の一人で、自分は全部断る決意をしたとしても、他の家族が、協力してくれそうもないなら、-50kgとする訳にはいきません。
そこで、このようなケースでは、一世帯あたりの削減可能数に、0〜1の指数をかけて、削減量を計算してもらうことにしました。
上記のケースで言えば、-50kg×0.2で、-10kgというわけです。
下の画像は、研修で使ったパワーポイントの画面です。下半分は、記入用紙の一部を拡大したものに、記入例を加えたものです。

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 削減量を最後にまとめて計算するのでは、時間がかかり、間違いが出やすいと考え、積算の欄を作って、その項目の計算が終わるごとに、その数字を足したり、引いたりして、リアルタイムで、削減量、増加量がどうなっているか把握できるようにしました。

 一番困ったのは、車でした。
標準的な家庭のガソリンによる排出量は、1583kgです。一世帯あたりの車の保有台数は1.1台ですから、まあ、一家に一台としました。
そして、排気量別で見ると、1500cc〜2000ccの車を持っている家庭が最も多いので、それを標準としました。
2500cc〜3000ccの車は、燃費が5割前後悪くなるので、1583kgに0.5をかけた、792kgの増加、3000ccを越える車は、同じ燃料で走れる距離が半分以下になるので、倍と考えて、1583kgの増加としました。
逆に、燃費がいい、軽自動車や1300cc以下の車は、-0.3をかけて、-475kg、二輪車は×-0.5で、-792kg、スクーターは、-0.75で、-1187kgとしました。

 問題は、複数保有している場合で、当初は、下の例のように、走行距離の割合をかけた上で、上記の指数をかけてもらうつもりでした。しかし、研修委員の人たちとシミュレーションした際、「数字に弱い人はついて来れなくなるのではないか」「4台保有しているような家もあり、計算が複雑になる」といった意見が出ました。
結局、正確さは落ちますが、よく使う2台までを考えれば良いことにして、割合をかけず、排気量による補正の数字をそのまま、増減量とすることにしました。

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 なお、ハイブリッド車の場合は、基準値+排気量による補正をした上で、-0.5をかけて、削減量を出してもらいました。

 さらに複雑になるのは、排気量・車種による補正をした数字をもとに、年間走行距離による補正をし、その数字をもとに、他の交通手段への切り替えによる削減をし、その上で、エコドライブの実践による削減をする、と積み重ねて計算する必要があることです。

 ちなみに、車からバスに切り替えれば、7割削減、鉄道に切り替えれば、9割削減になります。

 最大の難所、車を越えられた人は、あとはその応用でいけるので、最後までついて来られたようです。

 ゴミ、水道、ガソリン、空調の電気+灯油、空調以外の電気、ガスという項目ごとの補正、削減をした上で、それでも目標の削減量に達しない人のため、救済手段を考えました。

 一つはカーボンオフセット。ある場所やある行為によって排出される温室効果ガスを、他の場所で行う行為によって相殺する考え方です。この場合、家庭で削減できない分を、オフィスで削減することで相殺できるようにしました。
例えば、会社の営業車や、トラックでエコドライブをしたり、オフィスの蛍光灯をHf型という省エネタイプに替えたり、昼休みの消灯を実施したりといったことです。

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 また、排出権取引の制度も考え、余分に削減できた人から、足りない人に譲れるようにしようとしたのですが、余分に削減できた人が予想より大幅に少なかったため、実施できませんでした。

 最後の手段として、植林による削減もできるようにしましたが、それでも、多くの人は、目標達成に至りませんでした。

 今回のチャレンジで色々なことが分かってもらえたと思います。
かなりの家庭にとって、1990年のマイナス6%を達成することは容易ではないこと。特に、大きな車を持っていると、他でどれだけ努力しても目標達成どころか、マイナスにすることすら難しかった人もいたようです。

 また、小さな努力だけでは目標達成は難しいこと。
エコライフについて語られる時、「小さな事から始めよう」というフレーズを、決まり文句のように聞きます。確かに、小さな事から始めることは大切です。それを積み重ねていくことも大切です。しかし、それだけで満足せず、中くらいのこと、大きな事へも取り組んでいかないと、目標達成のレベルには、なかなか届かないのです。
例えば、家電を省エネモードで使って、リモコンではなく主電源で切るようにすれば、-49kg。炊飯ジャーで保温するのをやめて、冷めたら電子レンジで温めるようにすれば、-42kg。電球を電球型蛍光灯に10か所買い換えれば、-80kgといった感じで、-1046kgまで積み上げるのはなかなか大変です。
しかし、ハイブリッドカーに買い換えれば、-792kg。3kWの太陽電池を設置すれば、-1512kg。家を買う時、高性能の省エネ住宅にすれば、-583kgといった、飛び道具のような方法を使えば、達成が可能になってきます。
冷蔵庫だけの例で見ても、扉の開け閉めの回数を減らしても、標準的な使い方との差は、年間数kg。壁からの距離など設置条件を最適にしても、普通の置き方との差は、やはり数kgにしかなりません。しかし、省エネ型の冷蔵庫に買い換えれば、-124kgです。スタート時点での差が大きいと、その後、いくら使いこなしの面で努力しても、逆転は難しいのです。これは、エアコン、車、家、給湯器など、大きな買い物に、共通して言えることです。
ですから、私がいつも提唱している、エコ・ゴージャスなのです。最初はコストが高めに掛かっても、省エネ性能を重視した買い物をすることで、ランニングコストが抑えられるので、長い目で見れば、得をするし、環境負荷を大幅に抑えることができます。しかも、機械まかせではなく、使いこなしも工夫すれば、さらに省エネ、環境負荷低減ができます。それが、知恵とテクノロジーの両方を使って、効率を上げ、自分も得をする、環境に優しいライフスタイル、エコ・ゴージャスなのです。

 今回、全員目標達成となれば、美しかったのですが、達成できなかった人も、自分や家族が、どれだけの環境負荷をかけているのか認識し、少しでも、できれば、大幅に、環境への負荷を減らす意識を持つきっかけにしてもらえれば良かったと思います。
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2008年07月05日

とうかい号 私の研修

 時間が経ってしまいましたが、とうかい号で私が行った研修を簡単にご紹介しておきます。

 前半と後半があり、前半は2時間。後半は430人を半分に分けて、同じ内容で2時間ずつでした。

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 前半は、通常の講演の長めのバージョンにしました。
とうかい号の研修委員会から、地球環境の現状について詳しく話して欲しいという要望を受けていたので、その部分に、通常のおよそ倍の50分当てました。

 冒頭で、私が環境問題に関心を持つようになったきっかけについてお話ししました。
いつもの講演では時間がもったいないので話しませんが、時々聞かれるのでここでご紹介しておきます。

 地球環境に危機感を持ったのはいつ頃からか、ずっとさかのぼっていくと、小・中学生の頃、天文が好きだったことがきっかけだったように思います。

 地元の天文ファンのクラブに入って、望遠鏡で惑星や星雲を見たり、地面に寝そべって流星群を観測したりしていた他、色々と調べることも好きでした。

 すると、金星と地球は、もともとよく似た星だった事がわかりました。
 現在の金星は、CO2濃度96.5%、地表温度400度、90気圧という、生物が住むことは難しい環境ですが、昔の地球も、CO2濃度90%、地表温度300度、70気圧という、厳しい環境だったのです。

 ところが、金星よりも地球の方が少しだけ大きかったため、水蒸気をより多く引き留めておくことができ、少しだけ太陽から遠かったために、上空で、水蒸気が液体になることができる気温まで下がったのです。

 そのおかげで、数千年の豪雨が降って、地表温度を下げ、海ができ、その海がCO2を吸収して、ますます冷却し、さらに生命が誕生して、CO2を固定化して、今の程度の気温になったのです。

 ほんの少し地球が小さかったり、太陽に近かったりすれば、今のような緑の星になることはなかったのです。そういったことを色々調べて知ると、今の環境が当たり前ではなく、奇跡的なバランスによってもたらされている事がわかり、ほんの少し、人間がバランスを崩すだけで、環境が激変してしまう危険性があるのだと、危機感を持ったのです。

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 その後、予言ブームなどもあり、自分でも調べてみると、生命が何億年もかけてCO2を固定化した化石燃料をジャンジャン燃やして、大気にCO2を戻していたり、森林をものすごい勢いで切り倒していたり、持って行き場に困るほどゴミを出していたりと、人類は、まるで地球の環境は不変だと安心しているかのような振る舞いをしている事を知り、何とかしなくては、大変なことになると考えたのです。

 学生の間は、危機感を持つだけで、具体的に、どんな行動をすれば良いのか分からなかったのですが、幸い、テレビ局のアナウンサーという、ジャーナリストになることができたため、入社してすぐ、環境をテーマにした企画を立てて、ニュースで放送するなど、環境やエコライフについての情報を発信するようになったのです。

 さて、研修の紹介に戻ると、この講演から、海面が上昇した場合のシミュレーションを、グーグルアースのレイヤー機能を使った画面で紹介することにしました。
 東海四県各地のケースをご紹介しましたが、そのうち、名古屋近辺の例を、縮小したGifアニメでアップしておきます。
CO2の排出を、今ゼロにしても、海面の上昇は数千年続くと予想されています。どのレベルでCO2濃度を固定化できるかによりますが、気温の高い状態が長期間続いて、グリーンランドと、南極西部の氷河が溶けて、海面が12m上昇したケースを濃い水色で、さらにすべての氷が溶けて72m上昇したケースを薄い水色で示しています。

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 このような状態になるのは、数百年、数千年後としても、その時の人類には、海面上昇を抑えることはできません。今、私たちができるだけ早く、CO2の排出を抑えることで、海面上昇の影響を小さくできるのです。

 そのほか、良く報道される温暖化の影響についても触れましたが、そちらは軽くして、主にあまり報道されない温暖化が進んだ場合の影響や、すでに現れている現象を紹介しました。

 あとは、エコ・ゴージャスの具体例として、大きなCO2削減効果がある、エアコン、車、住宅、太陽光発電、シャワーヘッド、温水洗浄便座のお話しをしました。

 次回は、後半の研修で行った、おそらく日本初と思われる試みについてご紹介したいと思います。
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2008年06月23日

北川先生の研修

 研修船とうかい号のお話しの3回目、今回は、北川八郎先生をご紹介します。

 有名企業のサラリーマンでしたが、会社の正義、社会の正義、自分の正義との狭間で悩み、ただ会社の正義のためだけに生きることに疑問を感じ、32歳で退職されました。インドを放浪し、聖者とともに断食と瞑想をして過ごされ、熊本に移り住んだ後、41歳の時43日間、43歳の時46日間の断食を体験されました。

 その際、安らかで寛容で厳しい、知恵や叡智の世界、いつも光に満ちた、宇宙の意識の海とでも言うべき、大いなる存在を知り、この世の真理、法則を学ばれたそうです。

 わかりやすく言うと、悟りを開かれたという事だと思います。

 研修内容は、実に示唆に富んでいて、夢中で聞いていました。

研修をする北川先生

 例えば、
「40歳まではもらう時間。40歳からは返す時間。いつまでももらってばかりではいけない。50、60からでは、恩を返しきれない」

「物理に法則があるように、心にも法則がある」

「怒ると心のエネルギーが出て行ってしまい、運が落ちる。怒る人の近くにいると、失ったエネルギーを補おうと、周りの人から奪うのでくたくたになる」

「嘆いてはいけない。悪いことを口にしてはいけない。誰かを罵れば、2つの矢が飛んでいく。一つは相手に刺さり、もう一つは自分に刺さる」

「人に喜びと笑顔を与えなさい」

「チャンスの神様は、努力する人が好き」

「祈りは神への直通電話。動機が純粋な祈りなら通じる」

「あなたのなした罪は消えない。あなたのなした善も消えない。それらは、機が熟したときに、悲しみや喜びを与えるだろう」

「感謝は返謝で完成する」

などなど、素晴らしい言葉のオンパレードでした。

北川先生、武沢先生と食事

 北川先生は、ベジタリアンです。
船内では、おいしい食事が出されますが、獣の肉は全く召し上がりませんでした。

 熊本のお宅の周りには、畜産農家があるそうで、そこに、屠畜場へ連れて行くトラックが近づくと、牛たちはみんな、オーン、オーンと涙を流しながら泣くのだそうです。別にそのトラックで殺されるわけではないのですが、そのトラックに乗せられた仲間は誰も戻ってこなかったため、泣くのでしょう。

 草原に連れて行くトラックの場合は、喜んで乗るのに、屠畜場行きのトラックには乗りたがらないそうです。

 実は、以前から、肉食は環境負荷が大きい事が分かっていました。一般的に、牛肉1kgの生産に、穀物が11kg必要と言われます。同じく豚なら7kg、鶏なら3kgとされます。

 実際には、穀物の質の問題がありますから、数字通りにはならないかもしれませんが、肉食をやめれば、食による環境負荷を大きく減らすことができるのは確かです。

 そこで、私もこの機会に、ベジタリアンになることにしました。
魚は食べるものの、獣の肉はやめる、ゆるめのベジタリアンです。

 肉食をやめると、力が出ないのではないかとか、疲れやすくなるのではないかと心配していたのですが、乗船3日目からはじめて、下船までまったく問題はありませんでした。

 寄港地の香港では、一般乗船者や香港の若者と一緒に、合計2万3000歩も、暑い中歩き回りましたが、混んでいるエスカレーターを避けて、階段を二段とばしで駆け上がっていくくらい、最後まで、元気いっぱいでした。

 帰国後、妻に、「ベジタリアンになった!」と告げると、最初は驚いていましたが、事情を説明したところ、賛同してくれて、なんと、一緒にベジタリアンになると言ってくれました。

 育ち盛りの子供たちには、肉も出していますが、私たち夫婦は肉抜きのメニューにしています。

 その効果ですが、おなかの周りが、若干すっきりして、これまできつめだったスラックスが、余裕をもってはけるようになりました。

 そこで、昨夜体重を計ってみたところ、意外にも、わずかながら増えています。ベジタリアンになって太った???
思わず、笑ってしまいましたが、どうやら、これまでいつも、腹八分目を心がけていたのに、肉をやめたことがちょっと不安で、腹九分目〜満腹食べていたのが良くなかったようです。

 しかし、ウエストは細くなったのに、どこについたのでしょう?北川先生は、肉食をやめると、シマウマや鹿のように、筋肉質になるとおっしゃっていましたから、筋肉がついたのかもしれません。

 ともあれ、今日からは、以前のように腹八分目を心がけようと思います。

 心の変化ですが、娘たちは、私が以前より優しくなったと言います。妻の様子を見ていても、以前より明らかに怒る回数が減っています。

 北川先生、様々な学び、そして、ベジタリアンになるきっかけをいただきまして、ありがとうございました。

 次回は、私の研修内容についてです。
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2008年06月20日

タイスケ先生、橋本先生の研修

今回も、研修船とうかい号のお話しです。
(実は次の記事を投稿する時、誤って上書きしてしまったため、記憶をもとに復元しています。多少、最初の投稿と違うと思いますが、ご了承下さい。)

まずは、ブラザー・タイスケ先生のご紹介。関東でブルースミュージシャンとして活動しておられましたが、渡米してゴスペルと出会い、ゴスペル発祥の地、ニューオリンズにも住んでおられました。

 現在、ゴスペルの指揮者、指導者として、国内各地で活躍されているほか、アメリカでも、教会の音楽役員としてゴスペルの指導をされています。
タイスケ先生の公式Webサイト http://spiritofsouth.oops.jp/

 タイスケ先生の研修では、「This little light of mine」や「I need you to survive」といったゴスペルの曲を、男性は3パート、女性は2パートに分かれて歌いました。

タイスケ先生の研修の様子
〈タイスケ先生の研修の様子〉

 私も歌は大好きですので、一般乗船者の人たちに混じって楽しみました。

 私の話す声は低いのですが、高い声も出るので、一番高音のパートで、思い切り声を張り上げました。

 高校時代、8つ入っていたクラブの一つ、合唱班で、大会の前になると一所懸命練習していた頃を思い出しました。

 研修では、ゴスペルの成り立ちや、歌詞の意味なども学びました。

 私が一番気に入った歌詞は、「I need you to survive」の中の、「We all are parts of God's body」というところです。

 別に、私はクリスチャンではありませんが、皆がすべて神のような偉大な存在の一部という感覚は、宗教の枠を越えて大切だと思うのです。

 皆が神を通じてつながっているということは、あの人も、この人も自分の一部でもあるということですから、無差別に人を殺したり、一人きりだと感じて自殺したりすることはなくなると思うのです。

研修中のタイスケ先生
〈研修中のタイスケ先生〉

 タイスケ先生、素晴らしい研修をありがとうございました。

 次は、橋本英昭先生です。

 橋本先生は、青年会議所に所属しておられ、その際、2000年には、とうかい号の研修委員長として乗船され、2006年は、講師として再度乗船されています。
橋本先生が経営されている会社 http://alfhousing.jp/

 橋本先生の気配りやユーモアあふれる会話、そして、青年会議所やとうかい号についての経験に基づいた情報が、講師間、青年会議所の人達との素晴らしい潤滑油となっていたように思います。

屋久島をバックに
〈屋久島をバックに 向かって左が橋本先生〉

 橋本先生の研修では、エニアグラムを学びました。
性格を9つに分け、自分の性格を知った上で、長所を伸ばし、短所を減らしたり、人間関係を円滑にすることに役立てようというものです。

 90の質問に答えて、私はタイプ8だと分かりました。

 「自分が正しいと思うことのためには、全力で戦う強さを持っている。他人の不正、怠惰、虚栄心などを素早く見抜き、それらに敢然と立ち向かう。勇気とエネルギーにあふれ、困難なときほどチャレンジ精神に燃える傾向がある。」(とうかい号用エニアグラム タイプ別解説書より)とのことです。

 ただ、ナポレオンや織田信長、第一期の星野監督のようなタイプだそうで、これはちょっとショックでした。

 でも、心が安定しているときには、人を活かすことが生きがいのタイプ2の傾向が出てきて、第二期以降の星野監督のようになるそうです。
精神の安定を心がけたいと思います。

 橋本先生、仕事の関係者や家族とのコミュニケーションに役立つ宝物をありがとうございました。

講師陣
〈左から二番目が橋本先生〉

 次回は上の写真の真ん中、北川先生の研修をご紹介します。
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2008年06月19日

とうかい号出航〜武沢先生の研修

 今、東京の信用金庫の労働組合員の皆さんを対象にした講演を終えて帰宅しました。

 新幹線の中で、とうかい号のことについて少しまとめましたので、第一弾として、UPします。

 私の、とうかい号の旅は、不思議な夢からはじまりました。

 あれは、年明け早々だったと思います。
私は、自分の家から、天高く、美しい虹が上っていく夢を見ました。
そして、「これは何かのメッセージだ」と感じました。

 私は、半年に一度くらい、普通の夢とは何かが違い、「メッセージだ」と感じる夢を見ます。

 起きた私は、早速、夢辞典を手に取り、パッと開きました。すると、その開いたページに、「虹」の項目があり、「長い苦難から抜け出る知らせ」とありました。

 どんな良い事があるのだろうと自宅兼事務所で仕事をしていると、その日の午後、突然、「ピンポーン」と呼び鈴が鳴りました。

 インターホンのカメラには、見知らぬ男性が写っています。「お約束もせず、突然おじゃましてすみません。岐阜青年会議所の成田と申します。電話では伝わらないと思い、直接伺いました。」

 それは、とうかい号の研修委員長、成田純一さんでした。成田さんは、とうかい号が、愛知、岐阜、三重、静岡、東海四県の青年会議所が主催する研修船であること、8泊9日の船旅で、ほとんど電話もインターネットも通じないこと、これが35回目の航海で、過去、この旅は、青年たちが大きく成長するきっかけになっていること、今回のテーマが「心」であり、私には、地球環境を思いやる心を伝えて欲しいことなどを、熱っぽく話してくれました。

 ネットが使えない9日間の拘束となると、船旅の間、調べ物ができず、仕事が滞ることや、テレビ番組の制作スケジュールに影響が出ることが予想されましたが、成田委員長の熱意を意気に感じ、私は、引き受けることにしました。

 そして迎えた6月7日(土)、私は名古屋港にいました。
 帰国後すぐに納品する分も含め、3週間分の番組を前倒しで編集し、番組関係者の方々にも、前もってチェックしていただくなど、ご協力いただきました。
当日も午前3時まで、留守中の対応に追われ、2時間しか寝ていない状態で駆けつけましたが、9日間の船旅への期待と不安、そして、周囲の熱気で、眠気は全く感じませんでした。

 青年会議所の行事は、何かにつけて熱いようです。
出航式は、とうかい号の側面に、大小様々な垂れ幕がかかり、マーチが鳴り響く中、行われました。

出航前のとうかい号

垂れ幕

 いざ、出航。
出航

 紀伊半島を回るあたりまでは、PHSも意外とつながりましたが、それ以降は全然駄目でした。
情報源として心強かったのが、BS放送でした。秋葉原の連続殺傷事件や、帰航前の岩手の地震などのニュースを船上でもある程度知ることができました。

 私は、武沢信行先生と同部屋でした。経営コンサルタントで、「がんばれ社長!今日のポイント」という、社長向けの日刊メールマガジンを発行しておられます。
有限会社がんばれ社長 http://www.e-comon.co.jp/

 私も読者の一人で、名古屋にお住まいということもあり、いつかお会いしたいと思っていました。メルマガの文体から、厳しい方を想像していたのですが、実際にお会いしてみると柔和で、一緒にいて癒される方でした。
武沢先生と
〈武沢先生と〉

 今年、環境コンサルタントを目指しているという若者が入社されたこともあり、環境問題についても高い関心を持っておられ、様々なご質問をいただきました。せっかくの機会ですので、精一杯お話しさせていただきました。

 私も、企画出版してもらうにはどうすれば良いのかなど、今後に役立つご助言をたくさんいただきました。

 武沢先生の研修テーマは、Wish Listの作成と、その応用でした。
Wish List というのは、こんな事がしたい、こうなるといいという願望を書き出したものです。

 「ほしいもの、なりたい自分、誰かにしてあげたいこと、身につけたい個性や習慣、健康、家庭、経済、仕事、趣味、娯楽、教養、精神、人間関係、コミュニケーションなど、頭にあるすべてのものを書き出す」(武沢先生の研修ノートより)のです。

 例えば、私が書いたのは、
「ブログをもっと更新したい」
「優秀なアシスタントを確保したい」(アシスタントが辞めてしまったので)
「エコ・ゴージャスについての本を書きたい」
「テレビに出演してエコ・ゴージャスを広めたい」といった仕事関係から、
「マチュピチュを見に行きたい」
「高千穂に行ってみたい」といった旅行、
「子供たちとたくさん遊ぶ」
「妻とたくさん話をする」といった家族関連まで、109のWishでした。

 その後、Wishの中から、特に大切なもの、放置できないものだけを書き出し、そこから、自分のミッションを見つけ出し、スローガンを作りました。
そのスローガンが、武沢先生の場合は、「がんばれ社長」なのです。
研修中の武沢先生
〈研修中の武沢先生〉

 私が大切だと思ったWishは、ほとんどが仕事関係で、次に家族関連、あとは、もし実現するといいな、といった程度で、あまり重要視していないことに気づきました。

 私は、書き出したWishを眺めながら、なぜ、そのWishを書いたのか、究極の目的は何なのかと考え、シンプルにこのようなスローガンを立てました。

「未来の人類に生命あふれる地球を残そう!」


 これまで、様々な手段で、環境問題の重要性を訴え、環境負荷を大きく減らす方法を紹介してきましたが、その目的はどこにあるのか、何を目指しているのか、はっきりと自覚できた瞬間でした。

 これからは、ことあるごとに、このスローガンを掲げていきたいと思います。武沢先生、ありがとうございました。

 かなり長文になって来ましたので、他の3名の先生方の話や、私の研修内容等はまた次回以降。
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2008年06月16日

素晴らしい経験だった「とうかい号」

 8泊9日で香港まで船で往復しながら、研修を受けるという、愛知・岐阜・三重・静岡の東海四県の青年会議所が主催する研修船「とうかい号」に、講師として乗船し、今日、帰ってきました。

 本当に中身の濃い日々でした。

 特に、他の講師の先生方には、多くの事を学ばせていただきました。

 素晴らしい経験を積む機会を頂いた青年会議所の皆さん、真剣なまなざしで研修に取り組んで頂いた一般乗船者の皆さん、一生の宝物をありがとうございました。

 詳しい内容は、追って記載するつもりですが、取り急ぎ、お世話になった皆さんに感謝の気持ちを伝えたくて、短いですが、UPします。
posted by otomi at 01:19| Comment(6) | TrackBack(0) | とうかい号乗船記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする